2008年8月15日金曜日

パリの日本人ギャルソン

 「パリの有名カフェが初めて採用した外国人ギャルソン」という人物紹介。スタイリッシュな人物はスタイリッシュに、ニヒルな男はニヒルに、ふざけた野郎は負けないくらいふざけて描く筆力が必要だ。

 擬翻訳とでも呼ぶべき表現(伝統を終わらせた、右の指先は賢くなった)でパリの雰囲気を醸し出し、論理(だから、のでなど)や野暮な情報(年収は同世代の商社マンを上回る)を巧みに避ける。「流れるような身のこなし」を描く映画的カメラワークにも注目すべきだろう。

 ピカソやサルトルが愛したカフェ・ド・フロール。自由で開放的な伝統とは裏腹に、常勤のギャルソンは「右利きのフランス人のみ」といわれてきた。定員は20人。最長老が四月に引退し、控えから昇格した日本人が19世紀からの伝統を終わらせた。

 青山学院大にいた96年、表参道に進出したフロールにアルバイトで入った。大手商社への就職はかなわなかったが、5年続けたギャルソンの身のこなしは作家が書くまでに。パリで勝負したいという思いを本店が受け止め、3年7月からエクストラ(予備要員)で技をみせる機会を得た。

 左手の盆に飲み物やグラスを満載し、テーブルの森を回遊する。客をかわす時、盆を支える指が動いてバランスをとる。右手は伝票を配り、10のポケットから瞬時に釣り銭をつまみ出す。左腕は太く、右の指先は賢くなった。

 「たぶん脳は使わない。段取りなど考えず、肉体が無駄なく流れるのが快感です」

 サービス業よりスポーツ選手に近い。あとはホストとソムリエの要素が少し。常連客がタバコを挟む手を知り、灰皿の位置が決まる。終業時、その日接客した約百組の注文を復唱できる。10−20卓をまかされ、飲食代の15%とチップが全収入。同世代の商社マンより豊かかもしれない。

 「観光客には昼のテラスが人気ですが、常連が増える夜の室内席が好き。この店本来の、濃い空気がある」

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